第5話「再開・再会」


夏休みも終わり、また同じ生活が始まった。


隼は祐介と浩司といる時間を北海道でのぎこちない自己紹介の時間よりはどれほど落ち着けるだろうと感じていた。


しかし、それでも隼は自分のことを話すことはほとんどなかった。

 

夏休みが明けてすぐにテストがあった。


隼も祐介も浩司も形だけは軽音楽部に所属していたが練習などほとんどしていなかった。


そんなふうに部活もほとんどしていなければ授業もろくに聞かず、基本的にはよだれ防止のタオルまで持参して眠っていた。


それなのに隼は成績が良かった。


学年で上位に入る成績を常に取っていた。


それに比べて祐介と浩司の成績は悪かった。


「隼すごいよな。結構家で勉強してるんやろ?俺ほんまに点数取れへんからなー。」


祐介が隼の返却されたテスト用紙を見ながら言った。


「いやそんなたいしてしてるわけではないけどな。」


隼のその言葉は本心だった。


確かに全くしていないわけではない。


でも真剣にしなくてもこの程度ならできる。


隼は祐介と浩司の点数を見ながら、不思議にすら感じていた。


「ちゃんとやればこれくらい取れるやろ。」

 

 

テストも終わったある日、隼の家の電話が鳴った。


その電話には父親が出た。


「あー先日はどうも。」


どうやら夏休みに行ったボランティアのメンバーからの電話のようだ。


「ええもちろん。伝えておきます。いい機会ですしね。」


そんな会話をしながら、父親は電話を切った。


隼は何か嫌な視線が自分に向いていることに気づいた。


「どうしたん?」

 

聞かざるを得なかった。


「こないだの北海道に行った時にいたメンバーの方から電話があってな。今度の土日にみなさんで関西に来はるんやって。」


そんな内容を父親が自分にしてきた時点で隼はどんな言葉が続くのか容易に理解できた。


「それであの時みんなで仲良くしてたみたいやし、これからも親交を深めてほしいってことで、またそれぞれお子さんも連れて行きましょうってことになったわ。今後の為にもいい機会やしな。」


その口調はすでに決定事項だった。


特に土日に用事があるわけではない。


あったとしてそれを伝えたところで、それほど重要なものなのかと問われることだろう。
返事をするまでもなく隼の参加は決定していた。

 

 

その日はすぐにやってきた。


夕方16時ごろに家を出た。


駅まで10分。

 

そこから電車で20分ほど行き、さらにそこからまた15分ほど歩いて目的の料亭に着いた。


今回もまた高そうな店である。

 

中に入るとすでに何組かの家族が来ていた。


その中には真紀の姿もあった。


今回は初めから座る場所が親と子供で分けられているようで、隼は導かれるままに真紀の隣に座った。


全員が揃い、食事会は始まった。


「隼くんだよね。私のこと覚えてる?」


必ず誰かと会話をしなければならないと思っていたが、もう少し食事を味わうだけの時間が欲しかったと隼は思った。


「覚えてるよ。真紀ちゃんやろ?」


「良かったー忘れられてたらどうしようかと思ってた。」


楽しそうに話し出す真紀に隼も笑って見せた。


「こんな機会があったからみんなと出会えたんだよね。感謝しなきゃだめだね。」


その言葉に続けて、真紀は並んでいる食事の中で嫌いなものや自分の学校の話し、自分の好きな音楽の話しを始めた。


隼は別に興味がない話をされて、面倒くさいと感じながらもずっと笑顔で真紀の話を聞いていた。


「隼くんは?」


真紀は全ての話しに対して隼のことも聞いてきた。


全てに答えていた隼だったがさすがに面倒くさくなって、冗談ぽく笑いながらこう聞いた。


「そんなこと本当に知りたいん?」


「知りたいよ。何で?」


即答でそう返され、隼は言い返す言葉がなかった。

 

真紀は隼の感情をある程度読み取ったようだった。


「じゃあいいよ。ごめんねいろいろ聞いて。」


隼は言い訳をしようとしたが何も思い浮かばず、隣の席を離れようとする真紀に何も声をかけられなかった。


正確には声をかけたところで、その後また話をしても同じだと思った。


そのままその時間は過ぎていき、隼はこう思い始めていた。


「もうしばらく会うこともないだろうし。しょうがない。」

 

そのあとは他のメンバーと話をしながら時間をやり過ごした。

 


そしてその時間もようやく終わり、店を出たところで親同士の最後のあいさつが行われていると真紀が隼のそばにやってきた。


「私は信用してもらいたいからたくさん話をしたんだよ。だから隼くんの話も聞きたかった。そんな気持ちを少しでも信用してくれるなら連絡ちょうだい。」

 

少し照れくさそうに微笑んで、真紀は小さな紙を隼に手渡して去って行った。


その間隼は何も言うことができなかった。


親たちのあいさつも終わり、それぞれの家族は家路についた。

 


家に着いた隼はベッドに横になり、真紀から手渡された紙切れに書かれた番号を見ながら、夢の中のワンシーンを思い出すかのように真紀のほほ笑んだ姿を思い出していた。

 

理由が分からなかった。


真紀がどうして自分に電話番号を渡したのか、理由が分からなかった。


完全に嫌な奴だと思われた。


そう思っていたのに。

 


それから隼は真紀のことをずっと考えてしまっていた。


学校の行き帰り、授業中、祐介や浩司と話している時でさえ、頭の中には先日の真紀の姿があった。


理由が分からなかった。


どうして真紀のことを考えてしまうのか、理由が分からなかった。


家に帰って、隼はまたベッドに体を放り投げた。


そしてまた真紀から渡された電話番号の書かれた紙切れを見ながら、隼は理由のわからないものに胸を締め付けられていた。

 

さらに北海道でのことを思い返し、あの日どうして自分は楽しくなかったのだろうと考えていた。


そう考えるとそれすら理由はよくわからなかった。


ただ面倒くさい。

 

楽しむつもりがなかった。

 

そう自分で思い込んでいただけだったのかもしれない。


その中で真紀はすごく楽しそうだった。


自分も楽しもうと思っていれば楽しかったのではないだろうか。


一瞬そんな感覚が頭をよぎったがそんなはずはないとその考えを頭から消した。


親がそばにいる環境で、集まるべくして集まったわけではない子供たちが、なおかつ初対面で楽しめるはずがない。


そう思い直した。


しかしあの日楽しそうだった真紀の姿が頭の中から消えることはなかった。

 


そして隼の中には「悪いことをした」という感情も残っていた。


電話して謝ろう。


連絡する理由をこじつけたような感覚だった。


この感情をどうにかするための理由が欲しかった。


連絡しなければもう次はいつ逢うかも分からない人にわざわざ謝る必要はない。


そう思っているのも事実だった。


それでも隼はもう電話することを自分の中で決定させていた。


どうしてか話がしたい。


そんな感情さえ湧き始めていた。


それは隼にとってそれまで感じたことのない、理由のない感情だった。

 

番号を押してからコール音が響く時間は長く感じられた。


何度か「やっぱり切ろう。」

 

そう思った。


そんなことを考えているうちにコール音が止まった。


「はい、もしもし。」


「あっ、あの…。」


言葉が出てこなかった。


何を話すのかなんて考えていなかった。


そんな時間はないうちに番号を押していたから。


「…どなたですか?」


追い打ちをかけるように真紀が不審そうな声で問いかける。


「この間はごめん!隼です!」


それはまるで恋い焦がれる相手の前で恥ずかしさを押し殺し、振り絞ったような声だった。


「隼くん!?ほんとに?良かった電話くれたんだ!絶対にしてくれないと思ってた。」


真紀は嬉しそうな声で答えた。


その声を聞いて隼は調子をいつものように戻そうと努めた。


「いや、何か悪いこと言ったなと思ってたから。」


その一言であの時ぎこちなくなってしまったものを解決できた気がした。


そう考えると同時に胸の中の理由のわからない感情が少しずつ消えていくような感覚があった。


「ううん。私もいろいろ聞きすぎて、謝りたいと思ったから番号渡したんだよ。隼くん…もし良かったら今度の休みに遊びに行かないですか?」

 

空気に溶け込み始め、消えていこうとしていたその感情は消えるのをやめた。


「今度の休みか。そうやなー。」


誤魔化すようにそう言って、隼はその感情を目の前にどうすればいいか分からなくなった。


「忙しい?何か用事でもある?」


「いや。用事はないけどどこで?」


隼はとっさにそう答えた。


「私今度の休みに大阪の親戚の所に行くから大阪で。」


「おおーそうなんや。全然大丈夫やで。」


口がそう答えた。


「やったー!じゃあまた連絡するね!」


そしてそのまま電話は切れた。


隼は切れた電話を持ちながら少しの間ボーっとしていた。


親の手前もあるから断れなかった。


逃げ道を用意するかのようにそんなことを考えていた。


何で自分なんかを誘うのだろうか。

 

そうも考えていた。


ただ確かだったのは隼の心の中には電話をかける前よりもさらに大きな理由のわからない感情が生まれていたことだった。


しかし隼はその感情が一体何なのか、本当はわかり始めていた。


でもそれを他人にはもちろん自分にも伝えようとはしなかった。