第9話「信頼するということ」


来る日も来る日も隼と真紀はメールでやり取りをしていた。


その日学校であった事。


仲の良い友達のこと。


隼も祐介や浩司のことを話していた。


そして出来るだけお金がかからないようにではあったが、時々電話をすることもあった。


「こないだ祐介と浩司と遊びながら帰ってたら自転車でめっちゃこけてしまってさ。ありえへんくらいこけたせいで二人にめちゃめちゃ笑われたわ。」


「えっ。体は大丈夫だったの?」


「うん。ちょっと擦りむいたくらいやから大丈夫やで。それよりもめちゃ恥ずかしくてさ。」


「自転車に乗りながら遊んでるからでしょ。」


隼は真紀が微笑みながら話しているのがわかった。


「でもみんなで遊んでたんやでー。ほんでしかもこないだなんてさ…。」


そんな風にいつの間にか隼は真紀にはいろんな話をするようになっていた。


真紀も自分を信頼してくれている。


「話してもいい」と思うんじゃない。


「話したい」と思う。


初めての感覚だった。


出来ることなら電話を切りたくない。


電話をするたびにそう思った。


「もうお母さんたち寝ちゃったからそろそろ切るね。来週のことまた明日メールするね。」


「わかった。メール待ってるわ。おやすみ。」


「うん。おやすみ。」


静かな部屋の中に切れた電話の音がやけに響く気がした。


来週会える。


しょうがない。


そう言い聞かせて電気を消してから、どれくらいしばらく眠れない時間が続いただろう


一度も時計を見なかったが、時間のスピードが遅くなってしまっているのではないかという錯覚に陥るほどにそれは長く感じられた。


眠りにつけたと思った瞬間朝が来た。


眠たい目をこすりながらも隼はいつものように学校へ出かけた。


しかしその睡眠不足は隼にとってそれほど気にかかるほどの事でもなかった。


隼にとっては電話を切った時間から朝を迎えたことで真紀と会える日に近づいていくということが感じられているだけで良かった。


そんなことを想う自分をどこかで少し馬鹿にしながらも楽しさがそれを上回った。

 


しかしその日真紀からの連絡はなかった。


さらに一日が過ぎ、また一日が過ぎた。


すぐに連絡が来ると思っていた隼にとってその時間は長く耐えられなかった。


そう思いながら隼は自分からメールをすることはなかなかできなかった。


今までも隼が自分からメールをすることはほとんどなかった。


いつも真紀からのメールで一日の連絡が始まっていたから。


そしてついに約束していた前日になっても真紀からの連絡はなかった。


「何でしてこーへんねんやろ…。」


それでもメールの来ない携帯電話を見つめながら、隼はその日も学校に向かった。


学校に着いていてもたってもいられなくなった隼は自分からメールをしてみた。


「明日どんな感じ?」


その返信は遅かった。


学校に着いてすぐに送ったそのメールが返ってきたのは夕方だった。


「ごめんちょっと風邪ひいちゃって明日は無理かも。連絡できてなくてごめんね。」


「大丈夫?それやったらまた来週の土曜日にしよう。しっかり治してな。」


さりげないメールを返した隼だったがすごく残念であり、複雑な気持ちだった。


しかもそのメールへの返信はなかった。


本当に会えないくらい体調が悪いのか、それとも大阪まで来ることが少し面倒になったのか、いろんなことを考えた。


そのほとんどが隼を不安にさせるものだった。


これくらいのことでそんなことを考えるのは考えすぎだとも自分に言い聞かせたが落ち着かない心がそうは思わせてくれなかった。


その気持ちをさらに落ち着かないものにさせるようにその日からまた約束の前日まで真紀からの連絡はなかった。


 

約束の前日になり、隼はすごく複雑な気持ちになっていた。


落ち込みながらも連絡をしてこない真紀に対して少しいらだちを感じていた。


何で急にそんな態度をとるのだろうか。


言いたいことがあるのなら言えばいいのに。


いろんなことを考えて、隼がたどり着いたのはそんな内容の感情だった。


するとその日の夕方、真紀から連絡があった。


「ごめん明日もちょっといけなくなっちゃって。どうしても学校に行ってやらなきゃいけないことが出来ちゃって。ごめんね。」


その文章は隼にとってとても短く感じられた。


「もうちょっと早く連絡してくれな俺だって予定あけてるんやから。もう別にええけど。」


隼はそんな冷たいメールを返した。


「ごめんね。」


しばらく時間が空いて、真紀からそう一言だけ返信があった。


深いため息を吐いて隼はベッドの上で枕に顔をうずめた。


その日の夜は隼にとって今までで一番長く感じられる夜だっ
た。


 

その日を境に真紀からの連絡は来なくなった。


隼は寂しい想いとともに、真紀のその急な態度にいら立ちは大きくなり、投げやりな感情で満たされていた。


電話して問いかけようかとも考えた。


しかしほとんどがメールで行われていた連絡。


会えるのも一か月に一度。


喧嘩なんてしたこともない。


その関係の中で真紀に真意を問いかけるのは隼にとっては簡単なことではなかった。


「もうええわ。」


その日から隼は真紀のことを考えないようにした。


理由は分からないけれど何かが理由で嫌われた。


だからもうしょうがない。


必要があれば向こうから連絡してくるだろう。


自分に無理やりそう言い聞かせた。


もちろん納得はできなかったし、何度も自分から連絡をしようかとも考えた。


けれど変なプライドが邪魔をして、書きかけた文章を何度も消した。


それに何より切なかった。


そう考えているうちに少しずつ自分から連絡をする気持ちは薄れていった。


そんなことが隼にあったことなど知るはずもなく、その日も学校では祐介と浩司がいつものように隼を昼ごはんに誘った。


「今日の帰りみんな誘ってカラオケでも行かん?」


祐介がお弁当を食べながら話し出した。


「おおええなー。隼も今日くらい行こうや。」


「いや、いいわ。」


隼はそっけなく断った。


「何かあんの?」


「いや特にないけどやめとくわ。」


「まあええけど何か冷たいな。」


三人に少しの間、沈黙が続いた。


「てかさこないだ松井さんしばらく休んでたけど大丈夫やったん?」


浩司が責任を感じたように祐介に向かって話し出した。


松井さんは祐介の彼女だ。


「おお。もう大丈夫で今日は来てるはずやで。メールしてもなかなか返してこーへんくらいしんどかったみたいで心配はしたけどな。」


「そっか。それは良かったな。」


とりあえず沈黙を解消するために話し出した浩司の返事は軽かった。


しかしその話しを聞いて隼は考え始めていた。


もしかして真紀にも何かあったんじゃないか。


自分に連絡できない、会えない理由があるんじゃないか。


嫌われた理由がわからない。


何かあったのだろうか。


「隼どうかした?」


何かを考え込んでいる様子の隼に祐介が話しかけた。


「いや何もない。ちょっとボーっとしてたわ。」


隼はどうすればいいのかわからなかった。


連絡するにも何と言えばいいのかがわからなかった。


家に帰ってからも隼は悩み続けていた。


連絡してもただ本当に嫌らわれただけだったら…。


でもこの感情を解決するには連絡をする以外方法が思いつかなかった。


連絡しよう。


そう思った瞬間に隼は真紀の番号を押していた。


時間は夕方の18時を回っていた。


電話のコールが一回、二回とやけに長く響き続けていた。


何度鳴り続けるのだろうと思った瞬間コール音が止まった。


「もしもし!」


急いで振り絞った隼の声は大きかった。


しかし返ってきた声は留守番電話を伝える声だった。


留守番電話に声を入れる気持ちにはなれるはずもなく、隼は電話を切った。


心の中のもやもやはさらに大きなものへと膨らんだ。


その日の間隼は真紀からの連絡を待っていた。


しかし折り返しの連絡はなかった。


次の日になり、昨夜考え続けていた隼はどうしても真紀と話がしたかった。


もしもうだめなんだとしても話がしたい。


そうじゃないとこの気持ちが向かうべき場所がない。


学校から帰った隼は思い切って真紀の自宅に電話をかけた。


コール音は短く、すぐに真紀のお母さんが電話に出た。


「あっ。もしもし隼ですが真紀さんはいらっしゃいますか?」


「あっ隼くん久しぶりね。今真紀病院にいるから。連絡取れなかった?寝てるのかな。何か用事?」


病院?


真紀のお母さんの声からは何てことない当り前かのような言葉に聞こえた。


「いや特に用事というわけではないんですが、真紀さん病院に行ってるんですか?」


隼のその声を聞いて真紀のお母さんは少しの間黙り込んだ。


「…隼くん真紀から聞いてないのかな?」


「何をですか?」


沈黙が続いた。


その間隼の胸は中に入ってきた何者かにかき回し続けられていた。


すると電話口から真紀のお母さんがすすり泣く声が聞こえ始めた。


胸の中はもうぐちゃぐちゃだった。


何も聞きたくなかった。


いい返事が返ってくるはずがないことは誰にでもわかった。


それでも聞かないわけにはいかなかった。


「何があったんですか?」


「…。」


しばらく真紀のお母さんのすすり泣く声だけが聞こえ、また沈黙は続いた。


するとようやく真紀のお母さんが話し始めた。


「ごめんね急に泣いちゃって。真紀病気になちゃったの。隼くんには言えなかったみたいね。」


「病気って何なんですか?大丈夫なんですか?」


焦った隼の声を聞いて、真紀のお母さんは心を落ち着かせた。


「ガンになっちゃってね。若いのに珍しいんだけど。」


何も言葉が出なかった。


また沈黙が続いた。


「…治るんですか?」


「治らないんだって。だから隼くんにも言えなかったんだろうね。」


すると抑えていた感情が溢れ出すように真紀のお母さんはまた泣き始めた。


隼はただ茫然と何とか受話器を持ちながら立ち尽くしていた。


「…わかりました。」


また沈黙が続いたあとどうすることもできずに隼はそう一言だけ言って受話器を置いた。


逃げ出したかった。


自分が嫌われたなんて浅はかな考えを抱いていた自分を責めた。


真紀が嫌いになったからと言ってそんなことするはずがないと、冷静に考えればわかることだったのに。


あれだけ信頼していると思っていた真紀を隼はまだ信頼できていなかった。


結局は自分のことだけ考えていた。